「日本の占領が独立に向けての決意を促した」:リー首相の弔辞(上)

(シンガポール)3月29日に大学文化センターで執り行われたシンガポールの「建国の父」、リー・クアンユー元首相の国葬において、元首相の長男であるリー・シェンロン首相が弔辞を述べた。以下はその概要。3回(上・中・下)連続掲載。

 生涯をかけて私たちを導いてくれた光(リー元首相)は消え去ることはない。日本占領時の試練や危険、不安の中生き延びた元首相は、その体験を通じてシンガポールの独立をめざす決意を固めた。
 元首相は英国からの独立を果たしたマラヤとの連合によりマレーシア連邦を形成することで独立を実現しようと懸命に取り組み、それを達成したのもつかの間、わずか数年後にシンガポールはマレーシアから追放されることになってしまった。
 マレーシアから分離独立を強いられたことで、元首相にとって最大ともいえる「苦悶の時」を迎えたが、それがシンガポールの運命の「転換点」になったのも事実だった。
 シンガポールは、華人が多数を占めているという理由でマレーシアから離脱することになったわけだが、元首相は多民族、多宗教の国をつくり上げるという崇高な夢を描き、多民族主義と平等、実力主義、清廉さ、法の統治を基本的な価値観にすえて国づくりを進めたのだ。各民族の母語を保持しつつも、英語を共通の業務用言語にしたのもその考えに立ってのことである。
 国の安全を確保すべく、わずか2つの歩兵大隊と小さな木製の船舶1隻から、訓練が行き届き、十分な装備を持ち、尊敬を集める戦闘部隊としてシンガポール国軍をつくり上げたのも元首相の功績のひとつである。そのおかげで今日、私たちシンガポール人は枕を高くして寝る事ができ、しっかりと守られていると確信できるのだ。
 リー元首相は、まったく希望がないようにみえる危機に直面しても勇猛で、絶えず機知に富み、確固とした決意をもって自分の信念にもとづき前進していく闘士でもあった。
 元首相は経済の発展と社会の質の向上を重要視し、揺らぐことなく闘い続けたことで、シンガポールを第三世界から第一世界に引き上げたのである。(続く)

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